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三上卓先生の号「大夢」と真木和泉の「大夢記」

 三上先生が『高山彦九郎』を著し、竹内式部ら崎門学派の皇政復古思想に注目した事実は、徳川時代の勤皇運動と昭和維新運動の連続性を示すものとして注目すべきである。
 同時に、三上先生が、彦九郎の志を継がんとした真木和泉の『大夢記』について、「大夢記には、攘夷の名を仮つた堂々たる討幕方略が明記されて居る」と高く評価していたことは極めて重大である。
 真木は、嘉永五年(一八五二)年に、久留米藩の藩政改革の建白したが失敗、以後十年にわたり、山梔窩での塾居生活を余儀なくされた。この時期に真木が書いた倒幕の戦略書が「大夢記」である。山口宗之氏は『真木和泉』において、次のように書いている。
 「『大夢記』はこの年(安政五年=引用者)十月三日したためられたが、天皇みずから幕府親征の兵をあげて東征の途にのぼり、箱根において幕吏を問責し、大老以下に切腹を命じ、幼将軍(家茂)を甲駿の地に移し、親王を安東大将軍として江戸城に居らしめ、大いに更始の政を行なうということを骨子としたものであり、露骨に討幕の具体的経綸をのべたものとして注目される」
 三上先生が「大夢」と号したのは、自らの昭和維新運動を真木の志の継承と位置づけていたからに違いない。


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