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第四十六回(令和元年度)大夢祭のご案内─三上卓先生「絶筆」並びに「辞世の句」顕彰碑ご披露─

合掌 昭和七年五月十五日、三上卓先生を始めとする先達は、昭和維新を目指して蹶起しました。それから八十七年の歳月が流れました。ところが、わが国は真の独立を恢復できないまま、内外の危機が深刻化しています。蹶起の二年前、「民族的暗闇を打開し、開顕しうるものは、青年的な情熱以外にはない」との確信に基づき三上先生が佐世保の軍港で作ったのが「青年日本の歌」(昭和維新の歌)です。現在の危機を打開するために、今ほど青年的情熱が求められる時代はないと、我々は信じております。
 維新の精神の発揚を目指し、花房東洋が昭和四十九年に始めて以来、四十六回目となる令和元年度 大夢祭を、以下の通り開催致します。「大夢」とは三上先生の号です。
 敗戦によって占領下に置かれたわが国は民族的自覚、國體に対する誇りを喪失し、植民地的属領国家の様相を呈しました。この状況を打破せんとして、昭和維新の精神を継ぐべく、多くの先覚者たちが身を挺して立ち上がって参りました。
 昭和三十五年十月十二日に浅沼稲次郎を誅し、同年十一月二日に自決した山口二矢烈士。昭和四十五年十一月二十五日に自衛隊決起を呼びかけた末、自決した三島由紀夫烈士と森田必勝烈士。平成五年十月二十日、朝日新聞の報道姿勢を糾さんとして、壮絶な自決を遂げた野村秋介烈士。さらに多くの先達が維新運動に挺身して参りました。
 本祭祀を、五・一五事件で斃れた犬養毅、官邸護衛の警視庁巡査・田中五郎の両英霊、昭和維新を願って蹶起した三上先生はじめ、これに連なる多くの先輩同志同胞にとどまらず、維新運動の先覚者の御霊をお祀りし、その志を受け継ぐ場にしたいと存じます。
 本年は御代替りを祝して、新たに護国神社に建立した、三上先生の「絶筆」並びに「辞世の句」の顕彰碑を披露させていただきます。また、今回は三遊亭歌武蔵による落語を奉納いたします。どうか、一人でも多くの方にご参列いただけますよう、心よりお願い申し上げます。
     再拝
 平成31年4月

日  時 令和元年5月15日(水) 受付 午前11時半
  第一部 大 夢 祭 正午   岐阜護国神社本殿(岐阜市御手洗393)
  第二部 奉納落語 12時半 岐阜護国神社参集殿
     「胴斬り」三遊亭歌武蔵
昭和43年3月、岐阜市に生まれる。昭和58年、岐阜市立明郷中学校卒業、武蔵川部屋入門。怪我の為、廃業、三代目三遊亭圓歌に入門。平成10年、真打昇進。演芸活動の傍ら、海上自衛隊横須賀教育隊へ入隊、練習員課程を修了。防衛省統合幕僚学校常任講師、海上自衛隊柔道教官等を務める。アフリカ・ザイール・ゴマへの激励慰問等、社会活動でも貢献。
  第三部 直  会 午後2時半 大夢舘(岐阜市真砂町1─20─1) 
    
   神 饌 料 5,000円
*ご参列の場合には、4月末日までにFAX、電話、メールのいずれかで、ご連絡いただければ幸いです。
(FAX:03─5211─0097、電話: 090─5788─3851、 メール: info@taimusai.com)


大夢舘世話人会
 代 表 坪内隆彦(愚斎)
 副代表 鈴木田遵澄(愚道) 
 執行役 雨宮輝行(愚蓮)
     中川正秀(愚山)
     菅原成典(愚骨)
     花房 仁(愚元)
     宮本 進(愚遊)
 後見役 長谷川裕行(愚門)
    奥田親宗(愚城)

第2回大夢祭

 昭和50年10月26日、岐阜市・木の本公民館において、第2回大夢祭が開催された。開会の辞は、大会顧問として野村秋介氏が述べられた。武道養正館の望月稔館長が「武道とは何か」と題して記念講演された。望月館長は嘉納治五郎門下で、戦前モンゴルにおいて特務機関長や政府教育顧問・行政官・参事官を歴任されたことのある、柔道・剣道・合気道など総数四〇段を超える武道の大家である。
 閉会の辞は大会顧問として末次正宏氏が述べられた。
 出席者の主な顔ぶれは、平野三郎(岐阜県知事)、上松陽助(岐阜市長)、野田卯一(衆議院議員)、古田好(自民党県連会長)、船戸行雄(県議会議員)、毛呂清輝(新勢力社主幹)、河澄政照(愛豊同志会総裁)、郷宗二(郷鉄工所会長)、柴田實(建国青年同盟会長)、神尾憲伊(大日本生産党名古屋支部長)、摺建寿隆(愛国桜会代表)、岡義人(日本青年連盟東海本部長)、日吉文亮(円成禅寺住職)、渡辺宏隆(東香寺住職)、星野健(常盤神社宮司)の諸氏など約130名が集った。
(『大愚記』より)

第1回大夢祭

 昭和49(1974)年10月30日、第1回大夢祭が岐阜市の木の本公民館において開催された。
 三上卓先生の御遺志を踏襲し、その悲願達成のため精進すべく先生の若き日の号である「大夢」を頂き「大夢祭」と命名、期日も御命日である10月25日に近い日を選んだ。

第1回大夢祭。右から加藤義明師範、花房東洋、奈須和夫・城空会会長

 当日は午後より雨が降り出し、来訪者の出足が危ぶまれたが、関係者・来賓など合わせて約150名が参加、野村茂氏(東洋義塾岐阜道場長)の司会で国歌斉唱、皇居遥拝の後、地元出身のいずみ俊(テイチクレコード)が三上先生の作られた「青年日本の歌」を奉唱、全員三上先生を偲んで黙祷を捧げた。そして、皇道会の山本一誠会長代行が開会の辞を述べ、続いて野田卯一衆議院議員、日本文化研究所の大井清所長、松野幸泰衆議院議員代理の尾藤義昭氏(今の関市長)が来賓を代表して祝辞を述べられた。
 そして、片岡駿先生が「日本再建の道」と題して記念講演をされた。
 片岡先生は日本の現状を憂い、「諸悪の因占領憲法を無効とし、欽定憲法を優先する以外に日本再建の道はない。しかし、それを占領憲法の中であぐらをかいている自民党政府に要求しても無駄である。だから地方議会において憲法復元の決議をし、地方自治体を通じて国民の世論を国会に反映させるならば必ず実現できる」ということを、岡山や熊本の成功例を挙げて説かれた。
 続いて加藤義明首席師範が顧問を務める名城大学空手部・城空会(会長・奈須和夫)の協力を得て、道場生による空手の試割りなどの演武や模範試合と進み、盛会裡に第1回大夢祭の幕を閉じた。
 閉会の辞を生長の家時代にお世話になった野尻稔先生に大会顧問としてお願いした。野尻先生に、私が未知の地、岐阜に来て四年間でここまでやれたことを大いに賞讃して頂いたのは、正直うれしかった。しかし、天界におられる三上先生に大夢祭を通して、取り敢えずのご奉告をできたことを一応の区切りとし、まだまだこれからやらねばならぬことを覚悟し、さらに意を強くしたものである。
(『大愚記』より)

第45回(平成30年度)大夢祭 祭文

 薫風天地に満つる皐月半ば十五日、新緑の色さやかなるここ岐阜護國神社の招魂祭場に、五・一五関係先歿者、維新運動の先覚者各位の御霊を招きまつりませまつリ、慎しみ畏み、御霊鎮めの祭典を厳修致します。
 英霊よ、乞い願わくば、髣髴として我等の祈りと 誓約を享け給え。
 謹みて昭和七年五月十五日、永田町の総理官邸において悲しくも斃れ給いし木堂犬養毅之命、官邸護衛の警視庁巡査・田中五郎之命、並びに昭和維新を目指して蹶起した三上卓之命をはじめとする維新運動の先覚者の英霊を招きまつりおろがみまつる。
 五・一五事件が行われた昭和七年五月十五日。この日この時、日本の歴史に刻まれた一条の精神、一片の赤心は、なお凛然として存すべきであります。ここに私どもは、唯々ひたすらに頭を垂れて、我が誠の足らざりしことを、嘆き悲しむのであります。
 今日この日、このところにおいて、諸英霊を祀るに当り、ただ祈るところは、皇御民の不滅の精神をもって幽明ともに相結び、天翔ける御霊もいま生きる私どもも、恩讐を超え、生死を超え、等しく、維新の実現と祖國日本の恢復とアジア大同の悲願のために、真心の限りを捧げ、命の限りを尽すことであります。
 昭和三十二年五月十五日の招魂祭において、三上卓之命が振り返った通り、五・一五事件当時、庶民の祈りも空しく、政党、重臣、官僚、財界、軍閥が互いに結托して、朝憲を紊乱し、共産主義思想が蔓延して國體を破却せんとし、農山漁村、国民大衆の窮乏は言語に絶し、国を挙げて深刻な社会不安の中に沈潜しておりました。米英の金権勢力とソ連の革命謀略の挟み撃ちにあい、国防は危殆に頻し、軍隊は国軍の自覚を失い、まさに民族の生命、窮して留まるところを知りませんでした。
 この国家内外の危機を根底より打開して民族の生氣を恢復するために、三上卓之命を始めとする先達は敢えて直接行動に訴えんとしたのです。その志を支えたものは、皇統守護のために身を挺する楠公精神であり、君民一体の國體の理想を忘却した「幕府的権力」を討たんとする道義心であり、それは大化の改新、建武の中興、明治維新の原動力でもありました。
 三上卓之命達の乞い希いし昭和維新運動は貫徹されないまま祖國は大東亜戦争に突入し、万策尽きて降伏を余儀なくされました。占領体制によって民族的自覚、國體に対する誇りを喪失し、植民地的属領国家の様相を呈しました。この状況を打破せんとして、再び多くの先覚者たちが身を挺して立ち上がりました。昭和三十五年十月十二日に浅沼稲次郎之命を誅し、同年十一月二日に自決した山口二矢烈士。昭和四十五年十一月二十五日に自衛隊決起を呼びかけた末自決した三島由紀夫烈士と森田必勝烈士。平成五年十月二十日、朝日新聞の反日的姿勢を糺すために、壮絶な自決を遂げた野村秋介烈士。さらに多くの先達が維新運動に挺身して参りました。
 謹みてこれら義挙を敢行して今は亡き先達、これにつらなる有縁無縁の数え難き多くの先輩同志同胞の御霊を招きまつりおろがみまつる。
 戦後七十三年。いまなお占領憲法の破棄、自主防衛の確立は実現されず、我が国は真の独立国家としての地位を恢復できないまま沈没の危機に直面しています。外交の主体性を発揮できないまま、激動の東アジア情勢に翻弄され続けています。国内を見れば、個人主義、利己主義が蔓延し、新自由主義経済の浸透によって破壊された社稷は今、更なる危機に陥ろうとしています。日本民族の道統、果してどこにありやと深憂に堪えません。
 祖國再建の初一念、断じて忘るべからず。三上卓之命の悲願の継承、道統の実践は、我々の責務であり、使命であります。ここに私どもは日本民族・アジア諸民族の名誉と生命にかけて、期するところを先人烈士の御霊の前に誓約いたします。
 もしも祖國日本の中に「幕府的亡国勢力」が存在するならば、私どもは断じてこれを討ちます。アジアの中に、そして世界の中に萬世のため開かるべき太平を阻害する国があるならば、私どもは誓ってこれと闘います。 私どもは生死を超えて、あくまでも國體を守り、国賊と闘わざるを得ません。
 そして、さざれ石の巌となりて苔むすまでも、正しきもの、誠のもの、麗しきもの、悲しきもの、遥かなるもの、人も国も相共に仲良く結び合い、励まし合い、助け合って、祖國日本とアジアの精神を護り抜かねばなりません。
  益良夫のかなしき命つみ重ね 積み重ね守る 大和島根を
 今日中今、いまし達の御前に、私どもがお約束申し上げ得ることは、唯々この事あるのみであります。
 真心の道一筋に大御心を奉じ、戦歿諸霊の悲願を抱きしめ、祖國再建、アジア開眼のうめ草に捧げ尽さんとする私どもの願いと誓約を乞い願はくば、御霊達よ、永久に守らせ給え、この志を果たさしめ給え。
 もしも、この誓願に背き、仇し心を抱き、汚き道に踏み迷う者一人でもいれば、たちどころに天罰を下し給え、天誅を加え給え。
 今や、皇御國の 常永久の命に帰一し給える御霊たちを、恭々しく祭文奉る。乞い願わくば、天かけり國かけりまして、莞として享け給え。
祭主 愚斎・坪内隆彦謹み畏みて申す。

  平成卅年五月十五日

五・一五事件85年 第44回大夢祭を厳修

平成29年5月15日、岐阜護国神社にて、五・一五事件85年 第44回大夢祭を厳修致しました。