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第45回(平成30年度)大夢祭 祭文

 薫風天地に満つる皐月半ば十五日、新緑の色さやかなるここ岐阜護國神社の招魂祭場に、五・一五関係先歿者、維新運動の先覚者各位の御霊を招きまつりませまつリ、慎しみ畏み、御霊鎮めの祭典を厳修致します。
 英霊よ、乞い願わくば、髣髴として我等の祈りと 誓約を享け給え。
 謹みて昭和七年五月十五日、永田町の総理官邸において悲しくも斃れ給いし木堂犬養毅之命、官邸護衛の警視庁巡査・田中五郎之命、並びに昭和維新を目指して蹶起した三上卓之命をはじめとする維新運動の先覚者の英霊を招きまつりおろがみまつる。
 五・一五事件が行われた昭和七年五月十五日。この日この時、日本の歴史に刻まれた一条の精神、一片の赤心は、なお凛然として存すべきであります。ここに私どもは、唯々ひたすらに頭を垂れて、我が誠の足らざりしことを、嘆き悲しむのであります。
 今日この日、このところにおいて、諸英霊を祀るに当り、ただ祈るところは、皇御民の不滅の精神をもって幽明ともに相結び、天翔ける御霊もいま生きる私どもも、恩讐を超え、生死を超え、等しく、維新の実現と祖國日本の恢復とアジア大同の悲願のために、真心の限りを捧げ、命の限りを尽すことであります。
 昭和三十二年五月十五日の招魂祭において、三上卓之命が振り返った通り、五・一五事件当時、庶民の祈りも空しく、政党、重臣、官僚、財界、軍閥が互いに結托して、朝憲を紊乱し、共産主義思想が蔓延して國體を破却せんとし、農山漁村、国民大衆の窮乏は言語に絶し、国を挙げて深刻な社会不安の中に沈潜しておりました。米英の金権勢力とソ連の革命謀略の挟み撃ちにあい、国防は危殆に頻し、軍隊は国軍の自覚を失い、まさに民族の生命、窮して留まるところを知りませんでした。
 この国家内外の危機を根底より打開して民族の生氣を恢復するために、三上卓之命を始めとする先達は敢えて直接行動に訴えんとしたのです。その志を支えたものは、皇統守護のために身を挺する楠公精神であり、君民一体の國體の理想を忘却した「幕府的権力」を討たんとする道義心であり、それは大化の改新、建武の中興、明治維新の原動力でもありました。
 三上卓之命達の乞い希いし昭和維新運動は貫徹されないまま祖國は大東亜戦争に突入し、万策尽きて降伏を余儀なくされました。占領体制によって民族的自覚、國體に対する誇りを喪失し、植民地的属領国家の様相を呈しました。この状況を打破せんとして、再び多くの先覚者たちが身を挺して立ち上がりました。昭和三十五年十月十二日に浅沼稲次郎之命を誅し、同年十一月二日に自決した山口二矢烈士。昭和四十五年十一月二十五日に自衛隊決起を呼びかけた末自決した三島由紀夫烈士と森田必勝烈士。平成五年十月二十日、朝日新聞の反日的姿勢を糺すために、壮絶な自決を遂げた野村秋介烈士。さらに多くの先達が維新運動に挺身して参りました。
 謹みてこれら義挙を敢行して今は亡き先達、これにつらなる有縁無縁の数え難き多くの先輩同志同胞の御霊を招きまつりおろがみまつる。
 戦後七十三年。いまなお占領憲法の破棄、自主防衛の確立は実現されず、我が国は真の独立国家としての地位を恢復できないまま沈没の危機に直面しています。外交の主体性を発揮できないまま、激動の東アジア情勢に翻弄され続けています。国内を見れば、個人主義、利己主義が蔓延し、新自由主義経済の浸透によって破壊された社稷は今、更なる危機に陥ろうとしています。日本民族の道統、果してどこにありやと深憂に堪えません。
 祖國再建の初一念、断じて忘るべからず。三上卓之命の悲願の継承、道統の実践は、我々の責務であり、使命であります。ここに私どもは日本民族・アジア諸民族の名誉と生命にかけて、期するところを先人烈士の御霊の前に誓約いたします。
 もしも祖國日本の中に「幕府的亡国勢力」が存在するならば、私どもは断じてこれを討ちます。アジアの中に、そして世界の中に萬世のため開かるべき太平を阻害する国があるならば、私どもは誓ってこれと闘います。 私どもは生死を超えて、あくまでも國體を守り、国賊と闘わざるを得ません。
 そして、さざれ石の巌となりて苔むすまでも、正しきもの、誠のもの、麗しきもの、悲しきもの、遥かなるもの、人も国も相共に仲良く結び合い、励まし合い、助け合って、祖國日本とアジアの精神を護り抜かねばなりません。
  益良夫のかなしき命つみ重ね 積み重ね守る 大和島根を
 今日中今、いまし達の御前に、私どもがお約束申し上げ得ることは、唯々この事あるのみであります。
 真心の道一筋に大御心を奉じ、戦歿諸霊の悲願を抱きしめ、祖國再建、アジア開眼のうめ草に捧げ尽さんとする私どもの願いと誓約を乞い願はくば、御霊達よ、永久に守らせ給え、この志を果たさしめ給え。
 もしも、この誓願に背き、仇し心を抱き、汚き道に踏み迷う者一人でもいれば、たちどころに天罰を下し給え、天誅を加え給え。
 今や、皇御國の 常永久の命に帰一し給える御霊たちを、恭々しく祭文奉る。乞い願わくば、天かけり國かけりまして、莞として享け給え。
祭主 愚斎・坪内隆彦謹み畏みて申す。

  平成卅年五月十五日

三上卓先生の号「大夢」と真木和泉の「大夢記」

 三上先生が『高山彦九郎』を著し、竹内式部ら崎門学派の皇政復古思想に注目した事実は、徳川時代の勤皇運動と昭和維新運動の連続性を示すものとして注目すべきである。
 同時に、三上先生が、彦九郎の志を継がんとした真木和泉の『大夢記』について、「大夢記には、攘夷の名を仮つた堂々たる討幕方略が明記されて居る」と高く評価していたことは極めて重大である。
 真木は、嘉永五年(一八五二)年に、久留米藩の藩政改革の建白したが失敗、以後十年にわたり、山梔窩での塾居生活を余儀なくされた。この時期に真木が書いた倒幕の戦略書が「大夢記」である。山口宗之氏は『真木和泉』において、次のように書いている。
 「『大夢記』はこの年(安政五年=引用者)十月三日したためられたが、天皇みずから幕府親征の兵をあげて東征の途にのぼり、箱根において幕吏を問責し、大老以下に切腹を命じ、幼将軍(家茂)を甲駿の地に移し、親王を安東大将軍として江戸城に居らしめ、大いに更始の政を行なうということを骨子としたものであり、露骨に討幕の具体的経綸をのべたものとして注目される」
 三上先生が「大夢」と号したのは、自らの昭和維新運動を真木の志の継承と位置づけていたからに違いない。

五・一五事件85年 第44回大夢祭を厳修

平成29年5月15日、岐阜護国神社にて、五・一五事件85年 第44回大夢祭を厳修致しました。

第45回大夢祭を厳修

平成30年5月15日、岐阜護国神社にて第45回大夢祭を厳修致しました。

五・一五事件を指導した思想は世界を救う思想である!

 鳥取出身の文芸評論家・伊福部隆輝(隆彦)は、五・一五事件から2年後の昭和8年に『五・一五事件背後の思想』(明治図書出版)を刊行し、五・一五事件について次のように評した。
 「それは国民の意識的文化感情とは全く逆な事件である。それは全く夢想だにしなかつたところの突発事件であらう。
 しかも一度発せらるゝや、この事件は、国民の文化感情、社会感情に絶大な反省的衝撃を与えた。
(中略)
 五・一五事件の意義は、犬養首相が斃されたことでもなく、其他が襲撃されたことでもない。又政界不安が起つたことでもなければ、農民救済議会が召集されたことでもない。
 それは国民に文化的反省を起さしめたこと、日本的精神を振興せしめたことそのことでなければならない。
 事実、五・一五事件までのわが国民は、その将来への文化意識に於て、何ものも日本的なる特殊なる文化精神を感じ得てゐなかつた。共産主義を認めるか否か、それは別である。しかし日本の進むべき文化的道が、過去の日本の精神の中に求めらるゝとは一般的に考へられてはゐなかつた。それは飽迄も欧米への追随それだけであつた。
 然るにこの事件を契機として、斯くの如き欧米模倣の文化的精神は改めて批判されんとして来、新たなる日本的文化精神が考へらるゝに至つたのである」
 伊福部はこのように事件を評価した上で、事件の背後にあった思想に迫っていく。彼は「彼等をして斯くの如き行動をなさしめたその思想的根拠は何であつたか」と問いかけ、血盟団事件も含めて、彼等が正当だと感じさせた思想として、以下の5つを挙げている。
 一、大西郷遺訓
 二、北一輝氏の日本改造思想
 三、権藤成卿氏の自治制度学思想
 四、橘孝三郎氏の愛郷思想
 五、大川周明氏の日本思想
 そして、伊福部は「これは単に彼等を指導したのみの思想ではない。実にこれこそは、西欧文明模倣に爛朽した日本を救うところの救世的思想である。
 西欧文明は没落した。新しい文明の源泉は東洋に求められなければならないとは古くはドイツの哲人ニイチエの提唱したところであり、近くはシユペングラアの絶叫するところであるが、これ等の五つの思想こそは実に単に日本を救ふのみの思想でなく、おそらくは世界を救ふ新文明思想であらう」と書いている。
 我々は、「五・一五事件を指導した思想は世界を救う思想である」という主張に、改めて向き合う必要があるのではないか。