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第1回大夢祭

 昭和49(1974)年10月30日、第1回大夢祭が岐阜市の木の本公民館において開催された。
 三上卓先生の御遺志を踏襲し、その悲願達成のため精進すべく先生の若き日の号である「大夢」を頂き「大夢祭」と命名、期日も御命日である10月25日に近い日を選んだ。

第1回大夢祭。右から加藤義明師範、花房東洋、奈須和夫・城空会会長

 当日は午後より雨が降り出し、来訪者の出足が危ぶまれたが、関係者・来賓など合わせて約150名が参加、野村茂氏(東洋義塾岐阜道場長)の司会で国歌斉唱、皇居遥拝の後、地元出身のいずみ俊(テイチクレコード)が三上先生の作られた「青年日本の歌」を奉唱、全員三上先生を偲んで黙祷を捧げた。そして、皇道会の山本一誠会長代行が開会の辞を述べ、続いて野田卯一衆議院議員、日本文化研究所の大井清所長、松野幸泰衆議院議員代理の尾藤義昭氏(今の関市長)が来賓を代表して祝辞を述べられた。
 そして、片岡駿先生が「日本再建の道」と題して記念講演をされた。
 片岡先生は日本の現状を憂い、「諸悪の因占領憲法を無効とし、欽定憲法を優先する以外に日本再建の道はない。しかし、それを占領憲法の中であぐらをかいている自民党政府に要求しても無駄である。だから地方議会において憲法復元の決議をし、地方自治体を通じて国民の世論を国会に反映させるならば必ず実現できる」ということを、岡山や熊本の成功例を挙げて説かれた。
 続いて加藤義明首席師範が顧問を務める名城大学空手部・城空会(会長・奈須和夫)の協力を得て、道場生による空手の試割りなどの演武や模範試合と進み、盛会裡に第1回大夢祭の幕を閉じた。
 閉会の辞を生長の家時代にお世話になった野尻稔先生に大会顧問としてお願いした。野尻先生に、私が未知の地、岐阜に来て四年間でここまでやれたことを大いに賞讃して頂いたのは、正直うれしかった。しかし、天界におられる三上先生に大夢祭を通して、取り敢えずのご奉告をできたことを一応の区切りとし、まだまだこれからやらねばならぬことを覚悟し、さらに意を強くしたものである。
(『大愚記』より)


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