国民前衛隊事件檄文「政財界首脳諸君に告ぐ」(昭和52年12月)

  大東亜戦争に敗北して三十有余年。この間の日本を支配してきた最大の怪物の一つは「営利至上主義経済」である。
  吾人は斯かる「営利至上主義経済」のもたらした物質的繁栄の全てに目を背けるものではないが、それによって生み出された負の部分を決して看過し得ぬ。否!!この負の部分こそ「営利至上主義経済」の正の部分が現出せしめた一見華々しい繁栄を呑み込み、今や祖国日本の腐敗・亡国の根本的な要因になっていることを吾人は知るのである。国家と経済の関係は逆立し、国家の為の経済ではなく、経済の為の国家となり、国民の為の経済ではなく、経済の為の国民という倒錯的な様相を呈している。而して人間の行動は経済によって支配され、人間の価値は金品の多寡によって評価されるという地獄絵図を目の辺りに見ざるを得ない状態である。
  例えば、欧米新植民地主義の一環である「核防条約」は「査察」という経済界が最も恐れていた企業機密に関する問題が解決するやいなや、彼等の圧力の下でいとも簡単に批准され、日中国交問題に於いては、田中某を筆頭とする史上稀な売国奴連中を傀儡として操り、国交回復がなるや、即座に「日中経済協力会」なるものを組織して身の安泰を計り、一方に於いては「日華経済委員会」を以で利潤の追求を画策するというように、国家信義など屁とも思わない傍若無人ぶりである。
 斯かる経済界は他方に於いて、政治献金を駆使して政府及び諸政党を脅し、或いはなだめすかし、国民に対しては「GNP世界第二位」なる空言を弄し、なお苦言を呈するものがあれば「餓死した者がいるか」とか「タラフク飯が喰えるのは誰のおかげだ」などと暴言を繰り返すだけである。
 しかしながら、日本人の生命の糧を産み続けて来た農民の現状はどうだ! 小賢しく目先の利く「商社マン」とやらが跳梁する今日、農民は、空を仰ぎ、水に心を配り、額に汗し、土にまみれて働き続けても、最早その直向きな勤勉だけでは生活を維持することができずに、郷里に父母妻子を残して大都市へ低賃金の労働を提供しなければならないのである。働き手のない過疎村が激増し、土を離れた農民は何ら魂の触れ合いのない流砂のような大都市のスラム街で、留守家族に想いを馳せながら還ることができない状態に呻吟しつゝ、はや人間社会とは決して言えない形で棲息しているのである。元来、日本の「農」は経済的側面からだけで把握すべきではないにも拘わらず、近代合理主義の走狗たる政財界人は「農」の本質を顧慮することなく、農民を選挙用の票ほどにしか考えてなく、その施策は全て愚劣な弥縫策に過ぎないのである。
 斯かる冷酷な仕打ちは大国主義の専横の下で塗炭の苦しみに耐えている漁民に対しても同様である。日本国民の大多数が赤色ソ連の横暴を腹に据えかねつゝ日ソ漁業交渉の成り行きを注視してるその最中経済界首脳は臆面もなく斯国を訪れ、同胞漁民の痛苦を何ら顧慮することなく、逆に漁民の損失を利用することによって自らの利益追求の画策を進めていたのである。
 一方、中小企業は大資本の御都合主義による金利操作によって棄てゝ願みられることなく、倒産に次ぐ倒産で、失業の悲惨に泣く者の数の夥しいことは吾人が指摘するまでもない。我が国の労働者の大半は正にこのような中小企業に就労しているのであり、彼等は不安におののきながら今日を生き継いでいるのである。
 斯くの如き情況を放置して忍び得るか。人々は大企業の奴隷となり、国家は滅亡を免がれぬ。人間の正義を知り、国家を愛する者がどうして斯かる「営利至上主義経済」の破廉恥な挑戦を黙過し得るか。同胞日本人の悲惨を黙視し得るか。「YP体制打倒青年同盟」による経団連襲撃事件の本旨は正にこの一点にあったのである。
 しかし、笑止千万なるかな! 土光経団連会長は事件に際して「右翼に襲われたって?ボクも右翼だ。左翼に襲われるならわかるが右翼が襲ってくるとはどうも合点がいかんな」と迷言を吐露したと伝えられる。そして事件を「木の芽時の狂気」と片付けて、自らの身辺警護のみを強化して問題の本質に何らの考慮も払おうとしていないのである。
 他の政財界首脳も同様である。彼等が自らを「右翼」と称し、誰にいくらの「保険金」を支払っているのか、吾人は寡聞にして知らぬ。緑なす山河を破壊し、海原を汚し、勤勉なる勤労大衆を蔑視し、信義なき外交を展開して国家を売り、祖国を亡国に導くのが「右翼」ならば、そんな「右翼」は溝に捨てた方がましだ。
 吾人は人間であること、真性日本人であることをここに高唱するものである。吾人は祖国の歴史と伝統と文化を愛する真性日本人であるが故に、民族の誇りを蹂躙し、人間の疎外を生み出して恥じない売国的「営利至上主義経済」及び「ヤルタ・ポツダム体制」の走狗に対して敢然と攻撃を開始するであろう。決して「木の芽時の狂気」のみではない。「枯葉時の狂気」も「若葉時の狂気」もあり得る。真性日本人の正義は常に「狂気」に転ずることが可能であることを知るべきだ。
 心せよ!!
 心せよ!!
国 民 前 衛 隊

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